こちらの記事は、「値上げしたのにお金が残らない理由 資金繰りが苦しくなる本当の仕組み」の後編です。
前編では、値上げをしてもキャッシュが増えない背景として、
原価の上昇と入金までのタイムラグのお話をしました。
後編では、自動車関連サービス業のケースを使いながら、 具体的な改善策と、銀行がどのように見ていたかをお伝えします。
※前編はこちら:値上げしたのにお金が残らない理由|資金繰りが苦しくなる本当の仕組み【前編】
自動車関連サービス業A社の実例
ここからは、
「自動車関連サービス業A社」のケースでお話しします。
特定の会社を示すものではありません。
売上は増えているのに、預金残高は減っていく
A社は、自動車のメンテナンスを中心に、簡易板金やタイヤ交換、大型車や特殊車両なども扱う
幅広いサービスを提供する中小企業です。
ここ数年の物価高に対応するため、サービス料金の見直し(値上げ)を行い、
売上自体は前年より10%ほど増加していました。
一見すると順調に見えるのですが、A社の通帳を追っていくと、次のような現実が見えてきました。
- 部品の仕入単価が上昇している
- 外注作業の費用も上がっている
- 作業完了後の請求が売掛金となり、入金までタイムラグがある
- 給料・仕入・外注費・家賃などは先に支払う必要がある
この結果、売上は伸びているのに、月末の預金残高はむしろ減っていくという状況に陥っていました。
月次試算表が教えてくれた“粗利率低下”のサイン
A社の月次試算表を確認すると、売上は増加している一方で、
粗利率だけが年々少しずつ下がっていることが分かりました。
売上高だけを見ると「微増」で悪くないように見えます。
しかし、粗利率が下がっているということは、本業の“体力”がじわじわ弱っているサインでもあります。
銀行は、この「粗利率の低下」を非常に重く見ます。
なぜなら、ここから償還CFがほとんど生まれていないことが推測できるからです。
キャッシュフローの“時間差”が資金繰りを直撃する
A社の場合、サービス提供後の請求は売掛金となり、
「請求書の発行 → 相手先の確認・承認 → 売上入金」
という流れを辿ります。
この“時間差”が大きくなればなるほど、
- 先に仕入・外注費・人件費を支払う必要がある
- 売上は立っているが、現金が不足する
- 運転資金の負担が重くなる
こうして、「売上増」⇔「資金繰り悪化」という矛盾した状態が生まれていました。
銀行が追加融資に慎重にならざるを得ない理由
粗利率の低下が続く中での追加融資は、銀行としては
「本業のキャッシュフロー不足を、借入で穴埋めしているのではないか」
という見方をせざるを得ません。
銀行が最も避けたいのは、
「返済のための借入」→「さらに資金繰りが悪化」
という悪循環です。
そのためA社には、追加融資を検討する前に、
- 原価の見直し(仕入・外注費・追加作業の線引き)
- 入金サイトの短縮
- 返済スケジュールの見直し
- 月次でキャッシュフローを把握する習慣
といった“受注から代金回収までの流れの改善”を優先するようお伝えしました。
📝コラム:保険金とキャッシュフローの関係
売上の一部に「保険金」が関わる業種は、自動車関連に限りません。
住宅リフォーム、建築・設備工事など、さまざまな分野で見られます。
ここで注意したいのは、保険金は“確定した売上”であっても、“確定した現金”ではないという点です。
- 過失割合の調整によって、支払額が変わることがある
- 保険会社の査定(修理内容や費用の妥当性チェック)で減額されることがある
- 書類のやり取りや内部承認の関係で、入金まで時間がかかることが多い
そのため、経営上は「保険金が入るから大丈夫」ではなく、「保険金が入るまでの運転資金をどう確保するか」が重要な論点になります。
保険金に限らず、「後から入ってくるお金」に頼りすぎると、
キャッシュフローの時間差が資金繰りを直撃することを覚えておきたいところです。
改善策──銀行員が見る“優先順位”とは
値上げをしてもキャッシュが残らない会社には、いくつか共通する改善のコツがあります。
銀行員として現場で見てきた中から、特に効果の高いものを“優先順位”に沿って整理します。
① 原価の再精査(最優先の一手)
キャッシュフロー改善の出発点は、やはり粗利の確保です。
売上よりも先に、原価・外注費を丁寧に見直すことが重要です。
- 材料単価の再交渉:値上げの理由や代替品の有無を仕入先に確認する
- 外注作業の見直し:内製化できる部分はないか、作業範囲の線引きを確認する
- 追加作業の明確化:見積時と実際の作業内容に差が出る部分を整理し、追加請求のルールを決める
② 入金サイトの短縮(回収条件の改善)
売上計上から入金までのタイムラグが長いほど、運転資金の負担は重くなります。
条件の見直しだけでも、資金繰りが大きく改善することがあります。
- 支払サイトの交渉(「翌月末払い」→「翌20日払い」など)
- 必要書類や報告書のフォーマット整備で、相手先の承認スピードを上げる
- 電子請求・電子承認の仕組みに対応し、紙ベースによる遅れを減らす
③ 返済スケジュールの見直し(リスケは“再建の時間”)
返済が資金繰りを圧迫している場合、返済条件の変更(いわゆるリスケ)も選択肢になります。
ここで大切なのは、リスケ=問題の先送りではなく、
「再建の時間をつくるための手段」として位置づけることです。
銀行が重視するのは、
「リスケで生まれた時間を使って、何をどう改善していくのか」という点です。
④ 月次のキャッシュフロー管理を導入する
決算書だけを見ていては、
「売上は増えているのに、お金が残らない」という現象を早期に捉えることはできません。
月次レベルでの管理が不可欠です。
最低限、次の項目は1枚のシートで見えるようにしておくと効果的です。
- 売上高
- 粗利額・粗利率
- 経費(人件費・家賃・その他固定費)
- 返済額
- 月末預金残高
※関連:銀行員は運転資金をこう見ている|資金使途のルールと注意点
⑤ 改善は“順番”が大事
キャッシュフロー改善の鉄則は、次の順番です。
- 粗利の改善(原価・外注費の見直し)
- 入金サイトの短縮
- 返済スケジュールの見直し
- 月次のキャッシュフロー管理
ここを逆にしてしまい、
「まず借入で資金繰りを何とかしよう」とすると、
本質的な改善が後回しになりがちです。
銀行の見方──“売上”も大事だが「キャッシュを生み出す構造」を重視する
最後に、銀行側の視点を整理しておきます。
銀行が見ているのは「売上」ではなく「粗利益」と「償還CF」
経営者の多くは、売上高や最終利益に目を向けます。
一方で銀行が注目しているのは、
粗利率の変化と償還CF(返済原資)です。
売上が増えていても、粗利率が下がっていれば、
銀行は「本業の体力が落ちているサイン」と受け止めます。
追加融資が“穴埋め”になっていないか
売上が増えているのに預金が減っている会社が、
追加の運転資金を希望して来た場合、銀行は必ずこう考えます。
「この融資は、本業で生み出すべきお金の不足分を埋めるためのものではないか?」
もしそうであれば、
追加融資をしても根本的な改善にはつながらず、
「返済のための借入」という悪循環に入ってしまうリスクが高まります。
リスケは「評価を下げるため」ではなく「再建のため」
返済条件変更(リスケ)という言葉に、ネガティブな印象をお持ちの方も多いかもしれません。
ですが、銀行の現場では、
「再建のための時間を確保する手段」
として捉えているケースも少なくありません。
原価・入金サイト・経費構造の見直しなど、
課題に向き合おうとする社長の姿勢が見えると、銀行も前向きに寄り添いやすくなります。
結論:銀行は「キャッシュを生む構造」を見ている
まとめると、銀行の判断軸はとてもシンプルです。
- 売上が増えていることも大切ですが
- 本業でキャッシュを生み出せているかどうか
A社のケースでは、最大の問題は、
「値上げによる売上増」よりも「粗利率の低下やキャッシュ化の遅れ」が上回っていたところにありました。
銀行は、この「構造の歪み」を見逃しません。
まとめ:値上げとキャッシュフローをセットで考える
最後に、本シリーズ(前編・後編)のポイントを改めて整理します。
- 値上げは「売上対策」であって、「キャッシュフロー対策」ではない
- 原価が上昇していると、値上げ効果が相殺され、粗利益が減少する
- 売上計上から入金までのタイムラグが長いと、運転資金の負担が重くなる
- 銀行は「償還CF(本業キャッシュ)」と「粗利率の変化」を重視する
「値上げしたのにお金が残らない」と感じたときは、
単に売上や利益の数字を見るのではなく、
「キャッシュを生む構造」そのものを見直すタイミングだと考えてもらえればと思います。
※前編もあわせてご覧いただくと、キャッシュフローの全体像がよりクリアになります。
値上げしたのにお金が残らない理由|資金繰りが苦しくなる仕組みを銀行員が解説【前編】



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